「絵の鬼」と呼ぼれた吉田博。初の里帰り展

吉田博 1876年 (明治9年) ~ 1950年(昭和25年)e0187064_22005937.jpg洋画家で、水彩画、油彩画、木版画に優れた風景作品を残す。山岳画家としても活躍する一方、23歳のときより数度に渡って渡米、 デトロイト美術舘、シカゴ美術館、ボストン美術館をはじめ多くの美術館で水彩・油彩画の展覧会を開催。国内より海外での知名度は専ら高い。大正9年(44歳)頃より伝統木版画の制作を開始し、大正14年から自ら版元となり木版画出版に新境地を開く。取材範囲は日本のみならず欧米、アジアと世界各国に及んでいる。明治、大正、昭和にかけての風景画家の第一人者である。

みんなに機会があれば是非見てほしい "吉田博"


初めてTV番組で吉田博の木版画作品を見た時、春風に雷鳴が。大袈裟じゃない。轟いた。
無知で学もない春風でさえ、作品がら音が聞こえたし、鼻の奥がツンとする空気を感じた。嘘じゃない。俺ラ登山家の端くれとして、登山家のみに許されたあの神々しい眺望を見事に表現しているのだ。
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絶えず絵の修業に邁進し、一切の妥協を許さないチャレンジ精神と自然への真摯な取り組みを生誕140年を記念して開催された展覧会。去年は東京、千葉、群馬と開催されたが、関西の開催予定は一切なく諦めていた矢先の・・・熊本出張。
なにかの導きだろう
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湿潤な日本の風景をみずみずしい感性で描いた水彩画や油彩画、伝統的な技術に洋画技術を融合した日本人でしか描くことが出来ない斬新な技法による木版画の数々など代表作230点を出身地久留米で行う大回顧展。
彫師、摺師の分業が浮世絵時代からの常とした木版画主流の中、吉田博は「自摺」と称して、全工程を自ら行う拘りっぷり。摺りの工程が10回程度が一般的ななか、多い時では100回と桁違いの超絶ぶり。超現場主義者である。そんな吉田博が明治末以降本格的に登山に没頭していく。登山家ならではの視点で描き出され、生み出される山々の作品は圧巻である。

(長男を白山と名付けようとして猛反対を受けるものの、二男を穂高と名付けたほど山を愛していた)

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帆船シーリズ どれが一番好きかな??


戦時中は従軍画家として戦地にも赴いている 左から「急降下爆撃」、「空中戦闘」

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タージマハルやベナレス、カルカッタとインドの風景描写も纏わりつくような砂っぽい空気感と陰影

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「剱山の朝」

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幕営の朝の特別の一瞬。尾根は紅く輝き、テントでは朝餉の準備が始まる。まだ夜の闇の濃い、山のひととき


「渓流」

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流れる轟音と渓流の水飛沫、泡や流れ、冷やかな空気さえを感じる










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取り敢えず、春風大坂邸にプリントですが、ありますので一度ご覧下さい。
by hello-rains | 2017-02-22 22:22 | 旅行/つれづれ | Comments(2)
Commented by マーシー at 2017-02-27 19:10 x
晴君の人間性が豊かであることは分かるのですが、
難しくてコメントできません(*´Д`*)
Commented by 春風 at 2017-02-27 19:42 x
ちょっと難しい書いた方が、カッコイイかなぁ~と。殆ど請売りやで。
でも絵はってか版画は本気スゴイよ
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